※最終話後



キタン追悼2/キノン






首都の夏は蒸し暑い。

ガラス張りの自動ドアが横にスライドして、屋上のムッとする外気が入り込んでくる。
この議事塔内は空調がよく効いていて時々季節を忘れるほどだ。その落差に私はいつも少しだけクラリとする。


手すりにもたれかかりながらガンフォンを確認する。PM 7:50、着信なし、新着メールなし。
日の入りをすぎて少し薄暗くなった屋上に、今は誰もいない。あたりまえか。
通常業務は終わっているし、居残っているとしたらこんなところで暇をつぶしたりしないから。
私だってあと二十分もしたら会議の準備をしなくちゃならない。


空を見上げれば、薄く白く発光する月と一つだけ輝く宵の明星が見えた。
煌々と灯る地上の灯りにかき消されて夜空にかすかに見えるのはその二つだけ。
だからって人間の進化と発展を憂う、なんて可愛らしげな気持ち、もう私は持ってなんかいないけれど。
ただ、少し寂しいなとは思う。昔々に皆で見たあの満天の星空を、何故か今でも鮮明に思い出せるから。


議事塔から西の方角、住宅地を少し外れたところに東西をつっきる川がながれている。
群立するビルやマンション、いきかう空中高速路なんかでここからはさっぱり見えないけれど、水も綺麗で幅もまあまあある川だ。

今夜八時、そこで精霊流しが行われる。







灯篭流しを皆でやろうよって最初に持ち込んだのはシモンさんだ。まだ平和だったころのこと。
私はなんのことだかわからなくて、ロシウが

「確か川に灯篭を浮かべて死者の魂を弔う・・お祭りみたいなものですよね」

と聞き返して、その時はまだ総司令だった彼はそれを聞いて「そうそう」と嬉しそうに笑った。

「灯篭っていうのはね、綺麗な提灯みたいな灯りで、他に果物とか、いろんなものを川に流すんだって。オレも人から聞いたんだ。遠くの村でやってたみたいでさ。夏にやるんだけどね、」

久しぶりに生き生きとしゃべる彼にピシャリと「だめです」と言ったのも、またロシウ。
当たり前といっては当たり前。人口調査と水道設備等の完備、その他もろもろ、そのときは急ピッチで進めなくちゃいけないことが山ほどあったし、人手だって足りなかったんだから。シモンさんもタイミングが悪い。
それから、誰のことを念頭に置いて考えたのかちょっと見え見え。


落ち込むシモンさんを置き去りにして、それきりその企画はうっちゃりになって、そして、その後復活した。
アンチスパイラルとの戦いが終わって、街の復興が片付き、民主主義に移り変え、大統領制を敷いて、あの人が当選して。
少し腰を落ち着けられるかな、という時期になったところで、何気ない風に復活して、すんなりと確定した。
毎年夏の終わりに、私たちは首都郊外を貫くその大河に灯篭を流す。
そうして残された人間達は、死者の魂を慰める。





会議まであと十分。

メールを送る。キヨウ姉さん、それからキヤル。
今年は私、仕事が忙しくていけない。ごめんね。
ダヤッカさんも公休をとって、それから皆で川に向かっているはずだけど、
私が見送りに行かなくても、お兄ちゃんたち、怒らないよね?
私が今いるべきなのはここだから。
きっとお兄ちゃん、また呆れた顔で、『お前は頑固だなあ』なんていってくれるでしょう?
私のこの頑固さは、お兄ちゃん、貴方譲りなんですからね。


地上のたくさんの電灯がまぶしくて、目をこすろうとして眼鏡をはずす。
しっかりしろ、という意味あいもこめて強めにこすって、眼鏡をはずしたまま目をあける。
下の街道を覗き込むと、私のひどい乱視と近視のせいでその沢山の電灯がじんわりとぼやけて、
赤や緑、白や黄色の大きなゆらゆらした光に見えてくる。
大きな一本の流れに寄り添う、淡い炎のともしびに。



まるで、灯篭流しのように。







フラッシュバックする。
去年川べりで見た大河をゆっくりと流れ行く灯篭たち。
ゆらりゆらりと流れにそって、空へと帰っていく彼らの灯火。








ああ、この街に、この星に
今無数の灯篭がながれていく。








お兄ちゃん。私、ここから見送るね。


ねえ、この街には
貴方達の守ったたくさんの幸せが






今でもこうして息づいている。










*0804**
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