※最終話後



キタン追悼1/キヤル





簡素なスチールの階段を、音をたてて三階まで登る。
右から二番目の無機質な表札に”バチカ”とあって、つまりそこがオレの家だ。
オレの、というか、兄ちゃんの。

妊婦さんになったキヨウ姉ちゃんを手伝うためとか何とか言って、結局この一年はダヤッカの家に居候をしていた。
もともと兄ちゃんも政府だなんだで忙しかったし、オレも色々面倒くさかったしで、だからほとんどここにも帰ってきていなかった。
兄ちゃんのたまった洗濯物とかを洗いに行ったり(行かされた?)、気が向いた時にメシをつくりに行ったりはしていたけど。

てか、兄ちゃんも普通に家事できんだよ。
後々に、オレがもう少し女の子らしくならないと嫁の貰い手がなくなるとか言っていたらしいってダヤッカから聞いたけど、本当なら一発けりでも入れてやりたいくらいだ。
余計なお世話だってんだよな。
オレはどっちかといやあ、兄ちゃんがお嫁をもらえるかが心配だったぜ。




鞄の中をごそごそとやりながらスペアキーを探す。左腕の時計を確認する。
この間の誕生日に兄ちゃんからプレゼントされたアナログの腕時計。
春のけだるい日差しをよけて、文字盤をたどると5時20分。
今朝方電話してきたキノンがくるのは6時すぎだから、少し掃除するくらいの時間はあるな。
あいつ、そういうのキビシイから。


公務員のお仕事は、五時が一応の区切りらしい。
何年か前まではちょくちょくこのアパートに来ていたシモンは「五時にあがったことなんかないよ」と笑っていたけど、ここに住んでいる連中(特にこの階!)はよくもまあ定時に帰ってきていた。
オレが夕食を作ろうと思って、買い物に行って帰ってくると、兄ちゃんがいるんだ。
で、「お、今日の晩飯は何なんだ」なんて言って扉をあけてくれる。
アンチなんたらの面倒ごとが持ち上がる前は、よくそうやって兄ちゃんが迎えてくれた。







・・・・ああ。
さっきからオレは、何をごちゃごちゃと。

カギを持った右手をゆっくりとあげる。






ドアを開けなきゃ









でも、あとちょっと。あと少しだけまたせてくれよ。
夕方の鐘が聞こえる。あたりの空気がやわらかな朱色に染まる。
ほら、もう、そんな時間だろ?

















オレの足音をききつけた兄ちゃんが今にも、「よう、おかえりキヤル」って
このドアをあけて迎えてくれる気がしてならないんだ。












*0804**
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