(最終話後。キヤルの結婚式にて)
その日、末の妹が結婚した。
白い白いウェディングドレスに、暖かい炎を灯すキャンドル、イチゴのウェディングケーキ。
家族席から眺めるキヤルは今までで一番綺麗に見える。黒くて長い髪をアップにして、薄桃色の小さなコサージュで留めている。ヤンチャでお転婆だったあの子が嘘みたい。ああ、でも嘘なんかじゃないか。ほら、笑った顔は昔と全然変わっていないんだもの。
キヨウお姉ちゃんとダヤッカさんはすっかりキヤルの保護者だ。随分大きくなったアンネの手を引きながら、何故かダヤッカさんの方がウルウルとしている。「あなた、今からそんな風じゃ、アンネの結婚式が心配よ、」なんてキヨウお姉ちゃんにからかわれながら、ああ、もう完全に男泣きだ。
でも、「お兄ちゃんにも、みせてあげたかったわね」なんてお姉ちゃんに言われて、結局私達も涙ぐんでしまったのだからおあいこかもしれない。左隣にいたロシウがそっと背中に手をおいてくれた。
花嫁と花婿が教会を出てゆっくりと振り返る。拍手と舞い散るライス・シャワー。キヤルは一度私たちの方を見て、それからにっこり笑ってブーケを投げる。若い少女達がキャアキャアと歓声をあげてその先を追いかける。純白のアマゾン・リリーに、散る星のジプソフィラ、揺れるストロベリー・キャンドル。投げられたブーケが私達の方向に真っ直ぐ飛んできて、おもしろいようにロシウの手にすっぽりとおさまった。あれ。なんでロシウさんが。彼ではなくむしろ私がびっくりして、周りの女の子達が不思議そうな声をあげる。
何故かしてやったり、な顔をして笑うキヤルと、素直にうれしそうな顔をしているロシウを見比べる。まあいいか。ブーケ・トスは女の子がもらうもので、しかもそれを受けとった人は次の花嫁になれるんだけど・・・貴方それを知らないのでしょう?肝心なところにうといものね。私が好きになったのはこういう人なのだからしょうがない。
幸せになってね、キヤル。
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その日は、実は夜から会議が一本入っていた。もともとこの式に参加する時間も無理やりつくったようなものだ。二次会に向かう皆にさよならをして私達だけ政庁に戻る。自転車をロシウがこいで、私が後ろの荷台に座る。スカートだから横座りだ。最近政庁では環境問題キャンペーンをはじめていて、だから公用車を使わないのは実践なんだそうな。生真面目なところは全然変わらない。ペダルを踏む彼は運動不足なのかうっすらと汗をかいていて、私は落ちないように腰に手を回す。
やがて上り坂に差し掛かった。
「ロシウさん」
「・・な、何だい?」
「坂、きつくないですか?私おりますよ?」
「いや、大丈夫、だっ」
「・・・重くないですか?」
「ええと、『重いよ、すごく』」
「わかりました。人一人の重さを感じていたいんですね。絶対に降りてあげません」
ペシッと背中をはたきながら言うと、前でロシウはひそやかに笑う。多分、笑ったんだと思う。
見えなくてもわかりますよ、それぐらい。
坂の上までなんとか登りきるとさすがに疲れたらしく一旦自転車をおりる。登りきったところは丘のようになっていて、眼下には夕日に染まり行く街並みが見えていた。
息を整えたらしいロシウが前カゴに入れてあるブーケの端をもてあそびながら「政庁に戻ったらこの花束いけてくれるかい?」などといってきて、だから私はいたずらっぽく笑って、「ロシウさん、結婚式のブーケをうけとった人は、次の花嫁になれるんですよ」と返した。
「そうだったのか」
「キヤルったら、ロシウさんに狙いを定めて投げてましたよね」
「うん?・・・ああ、そういえば上手い具合に飛んできたな」
「本当、わが妹ながら何を考えているやら」
そうかな、と笑って、ロシウは自転車を片手で押さえつつ前カゴをさぐる。ブーケを取り出してととのえると、
「もらってくれる?」
口調をやわらかなものに変えて、私に差し出した。
思わずうけとってしまった花束を、ええと、とかでも、とか言ってぎゅっと握る。
「・・ロシウ」
「何?」
「私がもらってもいいの?」
「キノンだからもらって欲しいんだ」
「私だから?」
「だって、ブーケをうけとった人は次の花嫁になるんだろう?」
言って彼はクルリと背中を向ける。坂の一番てっぺんから、淡く夕日色に染まる雲がゆっくりと流れていく。
――――ああ。
わかる。私にはわかった。
この人は今から少し間をおいてもう一度私を振り返るだろう。そして言うのだ。
多分、私が長年待ち望んだ言葉を。彼がこの何年も温めてきてくれた言葉を。
私にはわかる。それほどの年月を、ともに歩んできたのだから。
そして、私がえらんだのはそういう人なのだから。
少し間をおいて、ロシウは振り返る。きもちのよい風が一瞬あたりをやさしくゆらして、彼の髪がサラリとなびく。彼は口を開く。息を吸い込む。
「 」
ああ神様。いえ、神様などいないかもしれないけれど、誰か誰か、どこかこの空の彼方にいる人よ。
どうか平和なこの世界が、いつまでも変わりませぬように。
今がまっさらに平和ではないと、永久が無理な望みであると
わかっていても、祈らせてください。
今だけは。
プロポーズを、貴女に
*080701