(二部と三部の間、テッペリン崩落から三年)
やっと、終わった。
足元に草花が何千と揺れていて、夕暮れの中で静かに朱色に染まっていく。
やさしい色の花畑が谷一杯に広がっていて、私は満足して岩に腰を掛ける。
コスモス、ガーベラ、吾亦紅、萩に野菊。薄い紅、淡い桃色。
皆が一斉にふわりと揺れて、穏やかな風が通り過ぎていく。
かつて姫捨ての谷と呼ばれた、この場所を。
地上を『とりもどして』から三年間、ずうっとやりたかったことでした。
やらなくてはならないと思っていたことでした。
あったことの無い母様、それから、たくさんの姉さまや兄さまを弔うこと。
螺旋の王の血を引く最後生き残りとして、ここに眠る兄弟たちの末の妹として、そして何より、シモンとともにある者として、せめてもの心を込めてこの土地に
花を植えました。何百もの墓標にも、斑入りのアイビーが揺れています。
少しずつ少しずつ、時々皆さんにも手伝ってもらいながらゆっくりと植えた花々は、だから咲く季節も皆ばらばら。右手奥にはクローバーの群生、遠くの丘には
ヒマワリの大群。奥の窪地は、春になればスミレの青で染まるでしょう。
眠りの季節の冬をのぞけば、一年中花が絶えることはありません。
寂しくないと、よいのですが。
多分、もう少しすると、シモンが迎えに来てくれるはず。新しく始まった『会議』の合間をぬって、ラガンを飛ばしてきてくれるそうです。だから、それまでこの丘に座って少し一休み。ずっと一緒にいてくれたおじいさんも、向こうの野原で待ってくれています。
それにしても何という数のお墓でしょうか。
・・ごめんなさい、お父様。
貴方を螺旋の王座から引き摺り下ろしたこと、
永遠にさようならをしたこと、
私、一つも後悔していないんです。
悲しくないといえば嘘になるけれど、
私はあの時決めたのですから。
貴方が絶望した明日に向かうと。
未来を、この手でつくってみせると。
あの人とともに。
けれどお父様。
私は最後までわかりませんでした。何故貴方があのようなことをなさったのか。
地下に人々を押し込め、地上に出てきたらころしてしまう。そんな悲しいことをしていたのか。
わかりたかったのです。貴方のことを。
知りたかったのです。何故私を捨てたのかを。
だって私、貴方が悪いだけのヒトだったとは思えないのです。
貴方にとって、私はただの人形だったのかもしれないけれど。
優しい目、大きな手、ニア、と読んでくれる低い声。
全て全て、私にとっては、とても暖かいものだったから。
貴方のやったこと、やっていたこと、全てを肯定することなどできません。
ここに子供達を捨てたこと、正しかったとはこれっぽっちも思いません。
・・・けれど、少しだけ、少しだけ。
うぬぼれてみてもいいでしょうか。
玩具ではなく貴方の娘のニアとして、少しは愛されていたと思ってもいいでしょうか。
・・・・・姫捨ての谷に夥しく捨てられた私の兄弟たち。
ならばお父様、そんなに人の自意識がお嫌いなら、
何故私達を箱の中で眠らせるようにしてお捨てになったのですか?
煮るなり焼くなり、目の前で壊してしまえばよかったのに。
白い私たちの棺。
花を綺麗に敷き詰めて、柔らかい布と可愛らしいドレスで包んで。
まるで、揺りかごみたいでした。
静かに眠りにつけるように。
天国まで、寂しく無いように。
*080419