(27話、帰還後)







今朝方、ロシウから暇をだされた。

暇、といってももちろんクビにされたわけじゃなくて、どちらかというと休みをもらったに近い。だけど急に「ギミーにダリー、今日いっぱいは政府関連所に立ち入るな」とかいわれちゃ、少しは不安にもなりますよ。

七年前から、やれ学校だのグラパール入団訓練だのって何かと忙しかったオレたちに、ていよく暇のつぶせる“政府関連”じゃない場所なんてそう少ない。ジムも訓練所もアウトだろ?ダヤッカとキヨウさんの所は久々の家族団欒。キヤル姉ちゃんとは、まあ実は話しが結構合ったりするんだけど、やっぱり邪魔しちゃうしなあ・・。保護者分のロシウは忙しすぎるから論外。だいたいロシウは議事塔の中だ。・・別に暇だされたのが恨めしいわけじゃないけどさ。
適当に街をぶらつくのもいいけど、ほら、月との戦いで未だ復興中なんだ。

・・・あ。こんなときこそ、いつも暇してるあの人たちのところにでも行って、それこそ暇をつぶそうか。今までなにもしない時間なんてそうそうなかったから、ここは一つ、グラパールとガンメンどっちが強いでしょう談義にでも花をさかせよう。キタンさ・・・・

そこまで考えてはっとする。
今、自分は誰の名前を呼ぼうとした?

「ギミー」
「うわっ。・・・・何だよダリー」

さっきから隣で黙っていたダリーは、最近ますます綺麗になった目でうろたえるオレをじっと見ていった。

「シモンさんとニアさんに会いに行こうよ」





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首都カミナシティの静かな街はずれに、淡い色の花の蕾みたいな家がある。周りはぐるりと緑で囲まれていて、その色のコントラストが住人の瞳を連想させる。

「まっててね、今、お茶を入れてきますから」
「あ、手伝います」

ありがとう、と微笑むニアの後を桃色の髪がおいかけて台所に消える。オレは目の前のソファに座っている人に向き直った。

「すいませんシモンさん。・・・お邪魔かなとは思ったんですけど」

こんな時期なのに。言外にそうつぶやく。ニアが帰ってきて、反螺旋族との戦いが終わってまだ日も浅い。真正面の彼は、一月前より確実にたくましく(格好よく)なった顔で、けれど昔と同じように屈託なく笑った。

「お前も一丁前にそういうことに気を使うようになったんだな」
「茶化さないでくださいよ。・・でもダリーが、どうしてもって」
うん、と彼はうなずく。
「ニアも嬉しそうだ。久しぶりにお前達に会えて」

台所から女の子特有の、軽やかな話し声が聞こえてきて、シモンさんはそれを眩しげでそしてとても優しい顔で聞いている。ああ、本当にニアのことが大好きなんだこの人。まあ、宇宙の果てまで迎えにいったんだし、そうじゃなくても今更だけど。

そのシモンさんの顔がふといたずらっぽい笑顔に変わって、「もちろん俺も嬉しいぞ?」とやけに楽しげな上目使いでこちらを見たので、ぼうっと見入っていたオレは一瞬固まって大いにあわてた。





この人と、こうやって静かに話すのは久しぶりだ。アンチスパイラルとのごちゃごちゃが始まってからはもちろんだけど、最近は全然会ってなかった気がする。オレはグラパール隊の若き隊長で、この人は政府の要、だったんだから。

昔々は・・。七年前の、ロシウとこの人とそれからニアは、幼いオレたちにとって兄貴分でお姉さんで、時々父さんと母さんだった気が、する。

そうふと思って、自分で驚く。おかしいな。オレと、それから多分ダリーも、あの戦いの中で何もできなかった小さい子供の自分が少し嫌で、だから必死こいてグラパールの隊におさまったんだ。ロシウもシモンも、それからもちろん、他のグレン団の人たちも、皆みんな、オレたちの手で守れるなら、それで嬉しかった。多分。もう、黙ってみてるだけの、ちょこまか手伝いしかできない力ないガキじゃない自分がうれしくて、それでだから、ロシウにもシモンにも甘えたくなくて、そういう風にかんがえるのが好きじゃなかったんだ。だから、

「ニアさん、ずいぶんすごい色の紅茶だよね?これ」
「素敵な色でしょう?きっとおいしいですよ。シモンはいつも美味しいっていってくれますから」
「心なし煙がくすぶっている気がするけれど・・」
「ジャムのせいじゃないですか?おいしいブルーベリージャムを買ってきたんです」

にぎやかな二人がオレたちをかこんで、オレはようやく顔をあげる。何考えてんだ、オレ。
ふとシモンと目が合うと、奴はゆっくり優しげに笑って、机越しにオレの頭に手をおいた。

「なんだよ」
「いや、ギミーもダリーも本当に大きくなったなぁって思って」
「・・あたりまえだろ」
何をいまさら。ってか、そういうのが嫌いなんだ。目線に困って斜め下を見ると、隣でダリーがクスリと笑う。
「昔は一緒にねたりお風呂に入ったりしたのになぁ」
「そうです!ご飯を食べたり、お掃除したり」
「いつのまにか大人になったんだな」
シモン、なんだかお父さんかお兄ちゃんみたいだよ、とダリーが言う。

見上げたニアの目が優しく輝いた。

「私もシモンももちろんロシウも、貴方達を本当の家族みたいに思っていますよ」

だからつらかったり疲れちゃったり悲しくなったり、どうしようもなくなったら、いつでも帰ってきていいんだよ。




言外に聞こえた気がしたそんな言葉は、けれど彼女の声にはならなかった。





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「晩御飯まで、ごちそうさまでした」

ダリーが隣で頭を下げる。おいしかったよとオレが言う。門の前は街頭も少なくて、夕闇のせいか二人とも妙にはかなげに見える。

「気をつけて帰ってくださいね」
「明日からまた任務だろう」

うんとオレたちはうなずく。

ニアがゆっくりと駆け寄ってくる。
「おまじないです」とかなんとか言いながら、ダリーとオレを順番に抱きしめて、それから額にキスをした。
「何のおまじない?」とシモンが笑って、「幸せになれるの」とニアが振り返る。白く柔らかな髪がふわりと離れて、春のあたたかい風が吹く。


さよなら、とそのまま背を向けて歩き出したオレたちの間にはまだ、ニアのやさしい匂いが漂っていて、一瞬だけ、自分が小さな子供に戻ったように錯覚した。
眠くなる、少しやすらかな気持ちになる。













それは、昔々親なしのオレたちが地上にでて、
はじめて感じた揺りかごの香り、だった。






















*080221
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