(第二部から第三部の七年間)






ああ、雨が上がった。

お昼過ぎまでシトシトと降っていた冷たい雨がやっとやんで、雲の隙間から太陽の光がさしこんできている。雨はきらいじゃないけれど、晴れてくれてうれしい。風がとっても気持ち良いし、それから、滲んだ空の色が好きだから。

小さくちぎれたの雨雲が風に乗って、ポカリポカリと浮かんでいる。こういう風に、雲の隙間からまっすぐ降り注ぐ太陽の光のことを天使の梯子と言うのだと、この前シモンが教えてくれた。シモンはそれを、ロシウから聞いたのだそうだ。ずっとずっと昔にだけど。

玄関の扉を開ける。お気に入りのピンクの袋を提げて、向こうに見える政庁へと向かって歩き出す。今日は雨のせいで外に出られなくて、お昼にお弁当を持っていけなかったから。急いでいけば今からでも間に合うかもしれない。



あの人はまた、なんにも食べていないのかしら。





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「シモン、また、アニキさんのことを教えてください」

俺は、ニアが作ってきてくれた弁当を片手に持ったまま箸をとめた。後ろで書類の整理を続けていたロシウが居心地悪そうに息を止めてちらりとこちらをみてくるけれど、それはこの際無視する。

「・・いいよ、ニアにだけ、特別な」

そう言うと彼女はうれしそうに笑う。

ニアは時々、こういう風にアニキの話を聞きたがる。・・・違うか。俺にアニキの話をさせてくれる。多分このお嬢さんは、わかってやっているわけではないと思うけど。

「アニキは、いつも上を目指してた」
「俺はアニキに会う前は、すっごく地味で、意気地なしで。きっと一人だったら地上になんてでてこられなかった」
何度も話して、擦り切れてしまったような物語を、俺はそれでも繰り返す。ニアはいつもにこにこと聞いてくれる。だから多分、俺はそれに甘えてしまう。
「アニキは、太陽みたいなひとだったんだ。どんな人でも、がんばろう、やってみようっていう気持ちにさせてくれる」
「俺も、もうだめだって思ったときとか、諦めちゃえって思ったときとか、いつでもアニキを思い出すんだよ。そうすると、元気が出る」
「もう一度、諦めないでやってみなきゃ、ってきもちになる」

ニアは、俺が食べ終わった弁当の蓋を持ち上げながら、首を少しかしげる。

「今もシモンは、そうやって頑張っているのですね」
「そうかな。そう思う?」
「きっとそうです。だからシモン、貴方は絶対負けないのです」
「負けないの?」
「そうです」

何かの宣言のみたいに、ニアはまっすぐと立つ。

「だってシモン、貴方にはアニキさんがついているのですから!」

うたうように言ったニアは、俺をみてやっぱりにっこりと笑った。やわらかい髪がふわふわと揺れて、俺はそれだけで、少し身体が暖かくなった気がした。

「・・・・ニア。ニアは、月みたいな人だね」
「月?」
そう。もしもアニキが太陽だとするならば
「・・どんな人も、優しく照らしてくれる。優しくて、きれいで、とっても暖かいんだ」





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それからたくさんたくさんお話をした。そして、最後にありがとう、とシモンは言った。
お弁当はおいしかったですか?それは、よかった。

まだ仕事があるから、今日は独りで帰れる?と聞かれて、だから私はうんと答える。ロシウはまだまだ書類を片付けていて、だからシモンだけが帰るわけにはいかないのだそうだ。
シモンは最近、ずっとこの建物に泊まっている。多分ロシウも。

「ねえシモン、そろそろダヤッカさんとキヨウさんの結婚式よ」
「ああ、来月だったよね」
「この季節に結婚した花嫁さんは、ずっと幸せになれるんだって」
「あ、そんなことダヤッカが言ってた気がする・・・あれ、キタンだったかな」
「・・シモン、一緒に行きましょうね」

うん。とシモンは笑って、だから私も笑って、さようならをする。

「さようならシモン、ロシウ、また明日」










シモン、ねえ、言えなかった言葉があるの。
言いたかった言葉があるの。






月だろうと、太陽だろうと。
シモン、貴方は、私の光です。
私をいつだって救ってくれる、暖かくて強くてまっすぐな。











空から届く、天使の梯子

















*080220
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