If//もしも戦争がおこらずに、神楽耶がスザクの許婚のままだったら












一度目の相手は真面目を絵にかいたような同級生だった。

小学六年生の夏休み。前々からこちらに気があるとわかっていたクラスメイトを自分に告白するよう仕向けて、それからたしか二週間くらい付き合った。
夏休みには手っ取り早いイベントがたくさん転がっていて、プールとか夏祭りだとか、それ相応なところには行った気がする。誠実ではあったけれどそれ以上には面白みのない男で、一週間もすれば私は飽きて、とっとと目的を果たしてしまえと彼を連れて枢木神社に乗り込んだ。

自転車をこいで30分くらいのところにある神社の森の、思った通りの場所に探し人はいて、「スザク」と呼びかければ、そいつはふりまわしていた木刀を静かににおいて「神楽耶?」とすぐに返してきた。
「久しぶりだね。夏休み始まったんだ」
「そうよ」
「自転車で来た?」
「ええ」
二人乗りをさせたクラスメイトは若干息を荒くしながら少しうしろに突っ立っている。
「暑かっただろ。麦茶でも飲んで行きなよ」
スザクは着ていた道着の右のあわせを肩のあたりまではだけて脇腹の汗を拭って、それから聞いた。
「そっちの男の子は友達?」
私は彼の細い筋肉質の肌色を目で追いながら待っていた問いに即答した。

「神楽耶の彼氏」

それきり息をとめてスザクを見つめていれば、彼は穏やかなまでに顔を綻ばせて
「そうなんだ」
と笑ったのだった。

というわけで一度目は完敗だった。








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「・・・それで。今何度目って言ったっけ」
目の前であぐらをかきながら若干うんざりとした顔を向けてくる赤毛の少女に、神楽耶は小さく首をかしげてみせる。
「さあ。そんなに多くはないと思いますけれど、一人一人なんて覚えていませんからねえ。・・10人はこえるんじゃないかしら」
「多いよそれ」
「少ないくらいです」
あーそう、と気のない返事に神楽耶は笑う。
「で、その十何人をこえる神楽耶の彼氏を見せ付けても、仮にも許婚であるあの馬鹿はなーんにも反応しないわけね」
「はい。今のところ連敗中なんです」
「でもって、あんたはそのたびに、わざわざ新しく彼氏を作ってはスザクに見せに行くんだ」
そういうことですねえ、と神楽耶はうなずく。


週末だからと、寮に外出届を出して枢木神社によったところ、偶然紅月カレンが居合わせて。一緒にお茶などをすすっているうちに変な話になってしまった。
この少女はスザクと同じアッシュフォード学園に通っており、お嬢様のような育ちと家柄でありながら活発で庶民的な日本人、を地で行く友人だ。恋愛事など面倒くさい、と思っている節もあるせいか、神楽耶などはついつい彼女にこぼすことが多い。相談相手として頼りになる、というより消去法だ。神楽耶の通っているお嬢様学校のクラスメイトなどはおはなしにならないし、不本意ながら幼馴染をやっている異国の少女についてはなにせ対象が同じ男だ。その兄貴に関しても少しアヤシイのではないかと神楽耶は疑っている。


「これでも、結構苦労はしているのですよ。従兄弟以上の男を探すのがまずもって大変でしたし。顔の良いのも、優しいのも、女性に気の使えるのもそこかしこにいましたでしょうけれども。でもそれら全てが重なって、しかもスザク以上に『強い』男なぞ、そんじょそこらで見当たるものではありませんから」
「・・・惚気られた気がしたのは私だけかしらね」
「あら、惚気てなぞいませんわ」
言いながらひょいと後ろをみやる。この部屋の主は勝気な少女二人に使いに出されて甘味物を調達している真っ最中であるので、多分そうすぐには帰ってこない。
「一番目がその同級生で、二番目は?」
「年上の顔のいい人。一番目が年下だったのがいけなかったのかなと思ったんですけれど、」
「まったく反応なし、と」
「まあったく。・・ああ、『強い』男といえば、いつだったか武道にひどく長けた二つ上の先輩とお付き合いしたこともあって」
「それでまた、スザクに会いにいかせたのね」
「そう。この人は従兄弟で許婚なのだと仄めかしたら先輩は簡単に思い悩んでくださって。じゃあ手合わせをしようかという話しにいつの間にかなっていました」
手合わせ、とカレンは言いよどむ。
「・・・・それ、負けたんでしょ」
「それはもちろん」
どちらが、とはたずねてこない。神楽耶はため息をついて、
「その彼は『私の彼氏』から『スザクの”追っ掛け”』に立場を変ましたわ」
とだけ付け加える。
カレンはげえっと顔をゆがませて、「変に男にもてるのも考えものね」とコメントした。
「他にもいるのか」と問いただすことを、神楽耶はぐっと我慢する。




「そもそもの話なんだけどさあ。神楽耶はなんでまたそういうことを続けてるの?」
「うーん、そうですねえ」
お茶を入れなおしながら悩む振りをする。
「楽しいから、ですわね。スザクはからかうと面白いでしょう?」
「まあ、そうかも。天然で鈍感でからかわれやすいわね」
「それにずっと負けっ放しなのも癪にさわりますし。・・ようするに、暇つぶしです」
「あんたは、本当に恐ろしいわ」
げんなりと頭を抱えるカレンを見やって、神楽耶はふふ、と上品に笑う。



始まりは今でも覚えている。

いつまでも巡る幼い夏の日、淡い桜色の留学生と連れだって歩くスザクを見たその時だ。



家を提供するから案内をするのだと枢木神社の石段を下っていった二人を見て、あれはスザクの好みの完成型なのだとすぐにわかった。彼の人差し指が風にむずかった彼女の柔らかい春色の髪にそっとふれるその一場面を前に、私はそうと確信した。優しく暖かい微笑み方をして、それなのにけっしてか弱さなど感じさせない芯の強い女。そして多分、残酷なまでに純粋で無垢な女。
スザクはああいう女に恋をするのだ。

だからって別段、あんなふうに綺麗になれたらとか、純粋無垢な存在でいられたら、なんて、それこそ可愛らしく落ち込むような思考回路を私は持ち合わせてなどいない。隣のいけ好かない幼なじみとは、悲しいかなまた違う人間なのだから。

ただくやしかったのだと思う。
その瞬間、自分ばかりがある特定の感情を知ってしまったことが。


同じ目に会えばいい、とそう思った。
同じように、この釈然としない若干悔しくなる気持ちを知ればいいのだと。








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スザクが両手に桜と柏の餅をさげながら帰ってきて、カレンはそれをいくつかつついた後「また月曜日ね」とスザクに片手をあげ、神楽耶には意味ありげな目線をくべてそそくさと帰っていった。用事があったわけでもないのだろう。スザクはのんびりと手をふって送り出した。

「スザク」
「うん?」
ふみ机の上で桜色の餅を頬張っている従兄弟を眺める。今年17になる彼は会うそのたびに背が伸びている気がしてなんだか面白くない。
「この週末はあいている?」
「土曜日は、明日は稽古が入っているけど、日曜はあいているよ」
「あら、珍しいこと。幼馴染兄妹はどうしたの?」
「ルルーシュはシャーリーとデート。それからナナリーは病院に定期健診だって」
「・・そんなところだと思うたわ」
でなかったら彼の日曜があくことなどないだろう。そう思って神楽耶はまたむっとする。
ほら、こんな些細な日常でさえ、私だけがこう悔しがらねばならない。

「なら日曜、お客さんがここに遊びに来ても良い?できればスザクもいて欲しいのだけど」
「お客さん。キョウト関係の人?」
首をかしげるそやつに神楽耶は頭を横にふる。慎重に言葉を選ぶ。
「友達。女学園のお友達の、お兄さん」
「へえ、男の子か。あ、神楽耶の新しい彼氏?」
問うてくるスザクの声を弱冠憮然とした面持ちで聞く。
「そうよ」
スザクはやっぱり、いつかみたいに穏やかな表情でそうかあ、と笑う。



これは何度目だろうと思い返す。
思い返して、本当は全部おぼえているその数を数えて、それから少し、ほんの少しだけうつむく。珍しくも。らしくもなく。
「神楽耶」
目線をあわせるようにしゃがみ込んで来たスザクの膝の辺りに視線を固定して黙り込んでやれば、彼は思いの他真剣な声音で問うてくる。
「それで?今度はどんな人?」
「・・今度は?どんなって?」
今度は、と彼は繰り返す。
「いつかみたいに、すごおく真面目な同級生かい?それとも中学のはじめに連れて来た、かっこよくて背の高い年上の人みたいな人?ああ、もしかして武道の達者な学校の先輩かな」
「・・それって、」
「ナイトメア乗りの留学生とか?金髪で背の高い?文芸に秀でて和服がすっごい似合っていた大人な男性?あとは僕の学校の生徒会長、とかもいたなあ」
いや、まだいたような気がするな、などとスザクは独り言ちている。
「・・どうして覚えて」
だってそれは全部。全部神楽耶の『彼氏』の遍歴だ。
この許婚が微塵ほどの興味ももたなかったはずの。
言葉を繋げられない神楽耶に、従兄弟の許婚はにっこりと優しげに笑って見せた。子供のころの彼と一寸も違わない表情を向けてくる。

「どんな人でもいいよ、神楽耶。家に連れて来てごらん」
立ち上がって見下ろしてくる。不敵に笑んでいるのがわかる。

「大丈夫」

「どんな奴が来ても、絶対に負けないからさ」

「多分神楽耶は、僕以上の人なんて見つけられないよ」




























あああもう!だからそういうのじゃなくて!
私はスザクにもこう、もやもや、うじうじしてもらいたかったの!!
もっと神楽耶の為に思い悩んでほしかったのよ!!

ばかばかばかばか!スザクの馬鹿!神楽耶の大馬鹿!
なんで私今、こんなに嬉しいのかしら。
ずるいわ、不公平だわ。断固やり直しを要求するわ。


























珍しく顔なぞ赤らめながら自分につっこみをいれている従姉妹をスザクは楽しげに見遣る。

早く気がつけばいいのに
あわてなくても、俺が守るのは神楽耶以外にいないのにな
























*091004
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