※イラドラ中華のパジャマパーティーの後
国際パジャマパーティーも宵が過ぎたところで終いになった。
二つばかり年下の中華の少女は夜が更ければおねむになってしまったようだし、何しろこうも遅くなると目付け役が危険だ不健康だとうるさくてかなわない。この場合は神楽耶のと、天子のと。剣を振り回しかねない幼な子の騎士には丁重にご退出いただき、お付の女官が夜の共についたのを見計らって寝床を失礼した。
がやがやと寝屋に戻る女子どもは未ださきの雰囲気が覚めやらぬようで、あそこの隊にいるあれはこうだの、どこそこに勤める友の兄のああだの。団員の男どもから、中華の見知った衛兵、はてまで敵国ブリタニアの騎士にいたるまで顔定め人定めに興じている。悲しいかな文明開化の名残か、少女たちは一同欧米の顔にはめっぽう弱いらしい。のに、決してそうではないなどと彼らにあれこれと難癖をつけるのが滑稽でおかしい。
会話には加わらず静かに微笑みながら中央を歩く。一度二度、護衛役としてついてきたにもかかわらずたっぷりとからかわれ始終不貞腐れ続ける紅月に
「ラウンズ三人衆の金髪碧眼は客観的に見て整ったお顔をしていたとは思いましてよ」
と口を挟んだくらいだ。神楽耶はこういうところには別にこだわらない。そういうところに人種がなんであろう。古い型の、祖国にすべてを囚われる生き方など、私はしない。
「わたくしの趣味ではございませんけれども」
とか付け加えるのも興のうちだ。
「私の趣味でもありません」
頬を膨らませながら答える少女をやれやれと見やる。
「貴女の御趣味はどのようなものなのですか?」
「え、私の、ですか?・・ええと、少なくとも身近にいる人のなかにはいません」
数瞬黙って、やがてだれぞの顔でも浮かんできたのか、紅月は頭を数度ふった。それから、ふと思いついた様子でたずねた。
「そういえば、神楽耶様は枢木スザクをご存知だったのですね?」
不意に出る名前に少しだけびっくりする。何故、と考えて、そういえば会話を交わしたのはこの娘の目の前であったかと思い至る。
「ええ、その通りです。お話したことはありませんでしたか?枢木、皇、桐原、など、など。私たちはそれら六つの名でキョウト六家でしたのよ。貴女のスポンサーは今まで五家しかいなかったでしょう」
「そういわれてみれば、そうでしたね。・・ああいえ、特になにがというわけでもないのですが、通っていた学校の同級生だったものですからびっくりして」
「あらまあ」
軽くうなずけば「縁って意外なところにあるんですね」とかなんとかよくわからない締め方をして会話を終える。問うた紅月自身、この問いにはさしたるこだわりもないようだった。
聞きたくなどなかった名前を神楽耶は反芻する。
八年だ。その間すれ違いや邂逅、画面越しの再開は何度も繰り返してきたけれども。真正面に私を見る彼と再会したのは八年ぶりのことだ。
せいの伸びた少年は、『あたりまえだろ』と私に言った。
素っ気ない他人行儀名呼び掛けと最大の皮肉をはいたにもかかわらず、まるで昔のままみたいな、少しすねた子供のような顔で言ったのだ。
神楽耶のことを覚えているのは『当たり前』だって。
なら、ねえあなた。お聞きしてもよろしいかしら。
この八年間の放ったらかしはどういうこと?
ましてや今だって、そんなビラビラで似合わない洋服なんか来て、私じゃない誰かを守っているなんてどういうことなの?
そう。京都六家は私一人になったのよ。欠番の枢木家を抜かせばね!神楽耶は立派にやってきたの。皇の頭たる自分の、この島国と浮沈を共にするという運命を受け入れて、かつ、能動的に、主体的に行動することを覚えて、それから、自分で行ったどんな決意の結果も受け入れる。責任は頂点たる私が取る。そうよ、だってほかにはだあれも、頼るべき人なんていなかったんですもの。六家のおじいちゃまがたには荷が重すぎたし、それにほら、私を守るとのたまったどこか誰かさんは私の傍になぞいないのだし。
そうそう、だから私、今度は自分の意思で夫たる殿方を選んでもみたわ。
そのことには胸をはれる。胸をはれるはず、だったのに。
懐かしいあなたの、久方ぶりに私自身に向けられた声を聞いて、こんなにも何かをかき乱されるなんてどういうことかしら。
ゼロというこの、仮面をかぶったニッポンの英雄を伴侶に選んだとそういいきれるけれども。
でももしも、もしもよ。この八年間、私の傍らにずっと貴方がいたら、私、そしたらどうしたかしら。
答えはもう既に出ている気がして、神楽耶はあわてて髪を横に払う。
思ってなんかいないませんとも
なんだか久しぶりに、嬉しいという感情すらもってしまったとか
なんて、そんな、ばかげたことを
*090815