20話の後。
二人だけの革命にキャメロットを呼び寄せた時のお話。
無言を貫いていたセシルが急に立ち上がってこちらに向かって歩き始めた。
その表情の険しさゆえか背後で彼の立ち上がる気配がしてスザクは静かに低い声を出す。
「約束を忘れるな」
「スザク」
「呪いを使ったら、その時点ですべてを終わりにする」
ギシリと床を踏みしめる音とともにヤレと彼は息をついたようで、主は後ろの椅子に戻る。
乗り出した片腕はだから彼を守るためのものではなかった。忌まわしき魔眼から、この人達を。
一連のやりとりを前にしても、セシルは歩みをとめていなかった。
怯むこともせず長い謁見の間の絨毯の上をコツコツと音をさせて歩き続けている。
ポケットに手をつっこみつつやや不安そうに彼女を見ていたロイドも、けれどやはり何事もなかったかのようにこちらに視線を戻した。
コツ、という音が響く。足をそろえてセシルが目の前にやってくる。
濃紺の瞳に強い色を浮かべた彼女は真っ直ぐスザクをみつめ、
そして、
「――――――っ」
パシリ、と。
聞いたものが思わず身を竦ませてしまうほどの鋭い音をたてて、目の前の子供の右頬をしたたかに打ち払った。
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「枢木卿。以下の質問にお答え願えますか」
勢い左に傾いでしまった首を戻す。背後で主がいまだ不機嫌そうに座しているのを確認しつつ「可能な限り答えます」と返す。
もちろん、不敬罪などと馬鹿馬鹿しいことをいうつもりなど毛頭ない。当然だ。自分を罵倒することも、詰問することも。彼女たちにはその権利がある。自分は一度、彼らを、ひいては彼らの向けてくれたありがたい信頼を、裏切ったことになるのだから。
「一つ目です。貴兄が第二皇子からの非公式な要請により神根島に赴き、そのまま未帰還となったのは何月何日のことでしょうか。当時の現地時間で結構です」
「8月、24日です」
「結構です。では二つ目。その後、貴殿の直属機関であるキャメロット本部に秘匿回線での連絡を入れたのは何月何日でしょう」
思い返す。ルルーシュとC.Cと、もはやつながるすきもなく対岸にはなれてしまった彼らと方向性を一致させるのにはけれどそう時間もかからず、
結論としてどうしてもランスロットが必要だとわかったのは早い段階のことだったのだけれども。
ルルーシュの知力と技術を駆使して軍属の彼らに秘匿の連絡をいれるにはずいぶんかかった。もちろん、その原因は連絡をとることの難しさにはない。
年月日を答えれば「その通りです」とセシルは首肯する。彼女こそよく正確に記憶している。
女史は小さく息をついて、またよどみない口調で発言を開始した。
「さすが、正確ですね。つまるところ。日算すれば役一月あまりものあいだ、貴兄は『行方不明』扱いになっていたわけです。そうですね?」
「はい。その通りです。とはいっても、その時点では情報網からは隔離していて、こちらでは軍の動きははっきりとはわかりませんでしたが・・」
生真面目な顔をそのままに肯定すれば、少し後ろに佇んでいたロイドは小さく笑ったようだった。
「セシル君。こりゃあ駄目だよ、多分」
内心で首をかしげて彼を見る。
「いっそのこともう一発ぐらい殴っちゃえばぁ?僕相手の時はいつももっとひどいじゃない」
セシル君らしくもない。ますます笑うロイドとは対照的に、セシルは再び居住まいを正してこちらを見上げてくる。
「我々に、どれだけの損害をお与えになったのか、よもやわかっていらっしゃらないのですか」
「いえ。今回の離反は、お二人に迷惑をおかけしたことはわかっています」
あら。と彼女は首をかしげる。
「本当に?ではどんな迷惑を?」
「研究対象である機体の乗り手でありながら・・」
「未だにテストデヴァイサーのおつもりですか?もちろん違います」
「では・・・直属の上司という立場でありながら、」
「責任の問題だというのですね。はずれ」
「・・自分に、向けてくださった信頼を裏切ってしまったことは、自覚しています」
「信頼に目を向けていただいたのは大変結構。それも怒ってますけど、やっぱりはずれ」
「え、えと。・・あの、」
どこか抜けた声になってしまう。
「よろしいですか?」
セシルはふうと息をつく。
「実験的大量虐殺兵器投下後の最悪な精神状態での出撃。しかもクーデターに組して陛下の暗殺なんかを宣言する。
停止勧告もまともに聞いていただけない。そうしたら今度は定時連絡は途絶えるし、現在位置はわからなくなるし。
おまけに?帰還予定時刻を過ぎても連絡のひとつも来やしない。一日、二日、一週間。待てど暮らせど帰ってこない」
「・・え、えと」
「専属機体は壊滅中。ランスロットのない枢木卿なんてそこいらのサザーランドと同等くらいなものです」
「それ、強すぎじゃない?」との横槍はロイドのものだ。
「そこらの兵士相手にはなんとかするでしょうけれども。ラウンズのうちワン、トゥエルブ、シックスまでも鎮圧に向かわれたなんて情報も入ってきましたしね。
おまけに。生憎私達の上司は図太いのか繊細なのかごっちゃごちゃで、はっきりいってとても面倒な人なんです。
どういう状況か、はたまたどういう経緯かは最悪なことに何通りも思いつきましたけれど。
死んでしまったのかもしれない、なんて思ったりもしました」
言葉を切った彼女は、やはりこちらをまっすぐににらみ続けている。
「・・セシル、さん?」
「これは許せません。ええ、簡単に許してなんかやりませんとも」
「あ、の・・」
スッとセシルの腕が伸びる。
先ほどの衝撃を思い返して反射的に身をすくませて目をつむれば、しかし次の瞬間、ふわりと暖かい柔らかさに包まれた。
「・・・・っ」
目をあけると少し背伸びして伸ばされた両腕が背中にそっと回されて、顔を見ようとすればより深く抱き込まれてしまう。
目線の先には、紺色の髪とニヘラ笑いを続ける科学者しか見えなくなる。
「心配、するでしょうが!」
少し怒ったように吐かれた台詞は小さく濁った。
困惑して、それからゆっくりと理解して、それでどうしようもなくなってしまう。
「ああ、スザクくんなぁかしたあぁ」などとはやし立てるロイドの視線ともども、もういっそこちらが泣いてしまいたいくらいにひどくあたたかくて、スザクは身体の力を抜く。
絶対に謝らない、というのは決めていたことだ。これからしようとしていることは、いろいろな人の信頼も友情も好意も全部裏切ることで、謝罪は自分への緩和剤にしかならないと思ったから。だから小さなそれを小さくココロの奥底でつぶやくと、以前ほかでもないセシルから『そういうときにはこういいなさい』と教わった言葉をそっと吐き出す。
「ありがとう、ございます」
こんな僕を、心配してくれて。
本当に子供のような声が出てしまって、聞いたセシルが耳の横でくすりと笑う。
ロイドも疲れたように眉をさげて、やはりヤレヤレと笑った。
多分あと数瞬もすれば、奔放な彼らに居心地と虫の居所をすっかり悪くしたルルーシュが「あとは勝手にしろ」とばかり三人まとめて退出を命じてくるだろう。
そばに控えているC.Cはそんな彼と僕らを見て気持ちよく笑うに違いない。それから存分に彼をからかうのだろう。
一連のそれらが始まるまで、と自分に言い訳して、スザクは未だ解かれないその細い腕ごと目の前の女性を抱きしめ返す。
これまでも、これからも。多くの人を踏みにじろうという僕に、こんな優しくされる権利などない。ないの、だけれど。
いつか言われた第二皇子の側近の言葉がふとよみがえって、スザクはそれを少し変えて反芻する。
ああ、世界は。
僕一人に、こんなにも優しい
para-parental love=擬似的親子の愛
※造語、かつ不正確
*090716