目の見えるようになった私にシュナイゼルお兄様は『普通』の携帯電話を送って下さった。
今まで小さな点と窪みを辿って相手の声を求めていた私は、電波を通して文字のやり取りも出来るようになった。
これは嬉しいことだ。色と形を取り戻したこともすばらしいけれど、
文字というコミュニケーションの手段を再び得たことは私にとってとてもありがたい。
時たまゼロとメールをする。いや、この時ばかりは『スザクさん』とだ。
「天国の貴方に向かってメールしているのです」
とか
「メールなんて、後で消してしまえば誰も見咎めませんもの」
とか、ともかくしつこく説得して、半年もかかってやっと『彼』を引き出せたのが約一年前。
それ以来出張や会議などで二人の距離が離れる時を見計らって、昔のままの彼とやりとりをしている。
いつもはじめに送るのは私だ。
慣れない絵文字や顔文字を使って精一杯可愛い雰囲気を出したり、最後を必ず疑問系で終わらせて絶対に返事が返ってくるようにしたり。やっていることが年頃の娘のようで、時々自分を笑ってしまう。
これではまるで、アッシュフォード学園で何一つ悲しいことなく暮らすどこかの妹みたいだ。背負う業も何ももたない、幸せで愚かなお姫様。
けれどいい。今は月に数回程度、しかも遠く離れている時に限ってのメールだけれど、
頻度を少しずつふやして同じ屋敷にいるときでも『スザクさん』と文字の会話ができるようにしようと思っている。
それができたら、次は同じ部屋にいるときにも。文字の中にだけは貴方が存在できるようにしよう。
そして最後は、こう頼むのだ。
『お返事は直接貴方の口から』と。
彼を絶対に取り戻してみせる。
無の渕から、太陽の元へと。
【そろそろ春になりますね】
他愛のないことからことがらを私はメールする。
一通目の返事はいつも遅い。
《そうだね》
【今年こそお花見をしようかと思っているんです。初めて桜を『見た』時、とっても感動したから。】
《いい考えだと思うよ。シートとか、座布団とか。お弁当も持っていったほうがいい。》
【はい。そのつもりです。そちらは今暖かいですか?】
《まだかなり寒いよ。そっちもそんなに暖かくはないだろう?》
【暖かかったり寒くなったり。気持ち良いくらいに晴れたり、嵐のように雨が降ったりです。】
《この季節は、結構風が強かったり雨が降ったりするからね。まだ花見には早いんじゃない?》
【そうですね。桜もまだ『サンブザキ』くらいなんです。だからお花見は、】
【・・帰って来てから、にしようかなって・・】
ゼロであるスザクさんの表現には少し気を使う。
【あと、前にスザクさんに教えていただいたいいお花見の場所、もう一度教えてくださいますか?】
《いいよ。文字で伝えるの難しいから、後で地図を送る。》
【ありがとうございます。前に、昔行ったときも、皆さん感心してらっしゃいましたよ。隠れスポットだって。】
《あそこはあまり混まなくて、なのにすごく綺麗だからね。》
【よくあんな良い場所を見つけましたね。】
《ああ。》
《前に、ユフィと散歩してるときに見つけたんだ。》
返事を、私はすぐには返さなかった。
【そうですか。ユフィ姉様と?】
【それはとても楽しかったでしょう。】
いつ、どんなときに行かれたのですか?皇女とその騎士として?それともプライベートで、おしのびで、ひっそりとでしょうか。
どんな服を着ていったのですか?ユフィ姉さまと、どんなことを話されたのですか。何かお二人で、甘いものを食べたり、お茶を買って飲んだりしたのでしょうか。
ユフィ姉さまが花に見とれている間、スザクさんはどこを見ていらっしゃったのですか?
綺麗な思い出ばかりかかえて、肉体は無の中にかくして、そこは苦しくて寂しくて、優しくて暖かいのでしょうね。
ねえスザクさん。ユフィ姉様なら、簡単にスザクさんを説得できたのですか?ユフィ姉様がそう頼んだら、スザクさんはすぐにでもその仮面をとってくださるのではないのですか。
こんな風に貴方をとりもどしたくて躍起になっている私は、貴方の目にさぞ滑稽にうつっていることでしょう。
どうせ。
所詮。
私。
なんか。
理不尽で激しさを含んだこの感情を、泣いて喚いてころして濾過して、
優しい私の特上の部分を掬い上げて、
貴方には、貴方にだけはそういう私で答えたい。
貴方の中の私だけは、そうであってほしい。
だからまってて。どうか、あと少しだけ待っていてください。
綺麗で平等な私を、今、すくい取るから
ああ、なんて返せば、こんな気持ちを貴方に気づかれずにすむのでしょう!
*090402