「怒っていますか?」

後ろ向きのままで子供は尋ねた。
変わらずにふわふわとはねる栗色の髪をゆらしながら、やっぱり変わらぬ声音で文末だけの疑問を向ける。
あれはいつのことだったろうか、とぼんやり思い出す。思い出すふりをする。たしか、たしかにそれは、性急な時間軸とは裏腹に、周りの空気がどこかゆっくりとしたものに感じられた最後の時間。


なんとなく、聞かれたことの中身を把握しながらも、「なにがぁー?」とこちらも後ろ向きで返す。
困ったように優しく吐息をもらした気配がして、少年は背後で振り返った。
「勝手に『死』を選ぶことを」
まるで戯れのように、けれど真面目なその顔を崩さぬままに問うてきた少年を思わず振り返る。
スザクくん。なんだいそれは?まるでらしくないよ。指摘してやろうと思って、けれどやめる。
「どうして?だってボク、関係ないでしょ?」
少し意地悪をしてニッコリ笑えば、けれど子供は、眩しそうに目を細めて首を横にふった。
「ロイドさんは、“お父さん”ですから」
「はい?」
トンチンカン。やはりらしくないことを言う上司を見やって、ロイドは腕を組みなおす。
「ロイドさんは、僕の後見人で、元上司で、ランスロットのお父さんです」
「それくらい、なんでもないことでしょ。ボクはただデヴァイサーとしての君が必要だっただけだよ?」
「はい」
「君はそれに、ボクの上司じゃない?ボクに命令する権利はないでしょう」
「はい」
否定の言葉を重ねても、ただやわらかく笑む彼の顔がもう一人の『部下』に重なって見えて、あわてて目をそらす。一緒にいると似てくるもんだなあ、てことはボクも彼も彼女も、どこかしら似てきたのかな、なんて考えながら、“仕様のない人ですね”とか、そんなことでも言われているような気がしてくる。当のセシルがここにいなくて良かったとぼんやり考える。


「スザクくん、さーあ」
「はい?」
ただ、従順に、真っ直ぐに、頑なに。
まるでそれらだけが彼の本質だと信じていたあの頃と同じように、少年はうなずいて。
だから。
「今サラさあ、成長期なんてはじめても、遅いんだよー」
意地悪く笑ったロイドはけれど、慈しむような眼差しを持ってスザクを見下ろした。
「ランスロットと心中してくれるなんて、上出来だよ」
見やった先で、少年は一瞬目を開いて、それから、くすぐったそうに少しだけ笑った。






最初に彼がそれを望んだのならば、多分自分は簡単に彼を突き放していただろうけれど。
『最期』にそんなものを口にする彼を、憎らしく思う。

いとおしく思う。

「ザーンネーンでした。もう手遅れだよー」
首を傾げる子供を前に、ケラケラと笑って両手を上げる。






愛情も親情も、ねぇ、
とおっくの昔から、君にあげつづけちゃっているんだよ















*090205
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