※混沌の二ヶ月間
薄暗い独房の中では思考も埋没しがちだ。
戦犯として・・いや、『皇帝に仇を成した』者達の中では多分最上の部類にはいる人間と判断されているのだろう。もちろんマイナスの方向に。みな一人一つずつの牢につながれていて、ラウンズも黒の騎士団もあまり関係はないようだ。どちらにしろ現皇帝の敵。魔王ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを脅かすもの。
ただそれだけ。
だから何故か隣の獄にいる。レジスタンスに堕ちたはずの元同僚。ジノ・ヴァインベルグはやたらと話しかけてくる。もちろん、目だっての会話はできないが、それでも頻繁な頻度で。お互いに親しかった覚えはまあある。けれどそれ以上でも以下でもないのに。
不安なのか。退屈なのか。
未だその心情はわからない。そういう男だ。弱いのか強いのかよくわからない。
「アーニャ」
多分『今日』が始まってから何度目かの呼びかけに。懲りないなと思いつつ、アーニャは返事をしてやる。認識としてはこちらも暇つぶしだ。携帯をとりあげられては、さしてすることもない。というか、そんな状況でもない。
「何」
「アーニャは、どうなんだ?」
何がどうなんだなのか。途切れた会話の続きなのか。最後に中断した言葉をあまりよくは覚えていないから、「何が」と繰り返す。
「その、スザク、のこと」
顔を上げる。
「・・・・死んだって」
「知ってる」
普通の捕虜とは扱いが違って。
情報だけは何故かよく入ってくる。ここは。
「ナイトメアで負傷。後に死亡。もとより、相手は黒の騎士団のエース。ジノ、貴方もそう言っていた」
死んだとは、直接には言わなかったが。
「ああ」とジノはボンヤリと肯定する。
「私も、いや、私自身がそれを見て。・・・だから・・」
「だから?」
携帯のない寂しさに動かしていた掌をぱしっとあわせて、発言をさえぎる。
何を期待しているのか。この男は。
「騎士。私たちは、もともと」
「・・うん」
「互いの生き死にに泣くような間柄じゃない。最初から」
仲良しこよしの、そんな甘い関係じゃなかったはずだ。いうなれば、もっともっと別の。
「それにあの時の彼は敵。倒す相手だった」
もはやそれは過去であり『記録』でしかない。
それ以外の何者でもない。
「そうか」
ジノは短く返す。
「爆散したんだ」
閉じかけていた目を開いて、まだ続けるのかとちょっとうんざりした。行きかう思考回路がぼんやりと霞んでいる。
「爆散?」
「スザク。最後に」
ダモクレスのシールドから、紅蓮を連れて帰ったのはジノだ。
「そう」
「・・私じゃ、全然勝てなかったんだ」
「スザクに?」
「スザクに」
止めようと思ったんだけどな。と、何故か笑ってジノが言う。
「止めよう?」
「ああ。だっておかしいだろ、あんなの。私たちの知るアイツじゃなかった」
「止まって欲しかったの?」
やはり情けなくジノは笑う
「あたりまえじゃん!アーニャも、そうだろう?・・・・たとえ、それがアイツを殺してしまうとしても」
目を見開いた
「どうしても止めたかったんだ」
胸の琴線が嘶く。
「それ、ジノの勝手」
カッと燃え上がって、それから子供のような理不尽な怒りが一瞬で爆発して散った。
「ジノは、ずるい」
「え?」
「ジノはずるい。勝手に、スザクの最後を決めて」
「アーニャ?」
「最後にスザクと話せて。最後のスザクを、見ることができて」
震える声を、自覚した。ばかばかしい。
ついさっき、ジノの懐古を短く切り捨てたばかりなのに。
「・・・・・・私は、お別れもしてない」
「記録があるの。今は手元に無いけど、でもたくさん・・たくさん、たくさん」
「・・・『記憶』もあるの。記録と違って、電源をおとして、見ないふりしていることはできない。忘れられない」
壁越しに、ジノの視線がこちらをむいていることがわかる。
「やっぱり嫌い」
「・・うん?」
すっかり優しい口調になった、この男に腹が立つ。
「あの紅いの」
「紅い・・紅蓮のことか?」
「そう。だって、」
だって殺した。
「・・出会った時。土足で踏まれた」
(・・ああ、その後スザクにそう言ったら肉弾戦でもやったのかって、酷く心配されて)(空の上で、そんなわけないのに)(ナイトメア戦のことってわかったら彼はすごく安心して。「また仕返しできるよ」って)(まるで駄々っ子をあやすみたいに、優しい声で)
うんと・・うんと、甘やかして
「嫌いよ」
ジノは「うん」と相槌をうつ
「紅いの、今でも嫌い」
「うん」
「・・・スザクも、嫌い」
「・・・・・うん」
つらいことは何も話してくれなくて。心配も不安も、いつも一人で抱え込んで。
頑固で自虐的で
青くて甘くて、・・・・・・すごくすごく、優しくて
「・・どうしよう」
『記録』になって、くれないの
だってこんなにも鮮明に。あなたはここによみがえる。
「『ここ』から消えて、くれないの」
言いながら、トンと、アーニャの小さな拳がたたいた場所が、
壁越しのジノにもどこだか知れた。
思い出すのは、優しくて。寂しく笑う貴方ばかり。
こんなに、こんなに胸が痛いの。
ヴェールの向こうの結末
*080930